何を書きたいのか

 書きたいことは何か、改めて考えてみた。

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 資本主義は、開かれた世界。原則は自由競争。役職とノルマがある企業のような世界。
 共産主義は、閉ざされた世界。原則は平等分配。リーダーと掟があるマタギのような世界。

 ずっと「開く(資本主義)べきか、閉ざす(共産主義)べきか?」で争ってきた。
 ベルリンの壁崩壊で、「開くべき」に決まったかに見える。しかし、資本主義が共産主義に勝ったわけではない。先に共産主義が行き詰っただけで、資本主義も危機的状況にある。

 問題は「何を守って、どこを開くか?」だと思う。

 閉じた世界があって、その上に開いた世界がある場合、とてもうまく行く。
 何のために戦うのか目標がはっきりするから。

 今は、開くことばかり一生懸命になって、守るべきものがない状態なのだと思う。

 分業したばかりのころは、外で働く父親は会社を守ることが家庭を守ることにつながっていた。
 会社もまた、社員の家族との関わりを大切にした。
 人が会社から自由になった時、会社もまた社員の家族から自由になった。

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 分業をやめれば、確実に生活レベルは下がる。
 また今さら「一人ではできない暮らし」を捨てることは難しい。

 そこから、保護区と自由区という制度を思いついた。

 「どちらかに決めずに線引きすべきだ」という話にするなら、「極端な世界から抜け出す」という話がよいと思う。
 「再び境界を取り戻した理想的な世界」を書きたいなら、「未来世界での半生(義姉妹の物語)」にするとよいと思う。

 どちらの場合も、「制度」と「登場人物」が対立してうまくいかない。
 世界を伝えようとすると登場人物がコマになってしまう。
 登場人物の感情を主にすると、複雑な設定が邪魔になってしまう。

 「境界線を引き直すべき」と訴えたいわけではないので、理想的な世界を描きたいのだろう。
 しかし、理想的であればあるほど、ドラマは作りにくくなる。

 本「ユートピア」(トマス・モア)は、現実と対比させることで描かれている。
 過去と未来を対比させることは、現在と過去と対比させるより難しい。
 設定が複雑になりすぎて、分かりにくくなってしまう。

 どう書けばよいのか、今は分からない。

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 今できることは、材料を揃えることなんだと思う。
 また図書館通いでも始めようかな。

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