浦賀と横須賀と鎌倉

 浦賀と横須賀と鎌倉に行きました。

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 14日の横須賀のコンサートは、とても楽しかったです。

 奈良と演出がずいぶん変わっていました。
 「Django!!! -眩惑のジャンゴ-」がかっこよかった。
 華やかで、怪しげで、突然現れて去っていくところが、中学生のころテレビで見た印象のままでした。

 「Victims Of Love」は、アレンジが変わり過ぎていて、奈良の時はよく分からなかった。
 今聞いているアレンジと、記憶の中にあるアレンジがぶつかり合って、気づいたら終わっていました。
 今回は違うと分かっていたので、ちゃんと聞こえてきました。
 かっこいい感じになっていた。でも2回では覚えられません。

 他にもいろいろあったんだけど、いろいろあり過ぎて混ざってしまいました。

 次に行けるのは名古屋です。
 せっせと用事を片づけて、当日はゆっくり楽しみましょう。

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 「新横浜」で降りて、「東神奈川」でJR横浜線から、JR京浜東北線に乗り換える予定でした。
 でも、アナウンスで横浜に行くと言っていたので、乗り換えないことにしました。
 そしたら、どうしてもJR横須賀線乗り場しか見つかりません。

 下調べでJR横須賀から横須賀中央へ行くバスがあると知っていたので、JR横須賀に行くことにしました。

 横浜から離れると、マンション群が見えてきました。
 次に見えてきたのは、山間の平地に並ぶ一戸建てです。
 鎌倉は、思ったより田舎でした。自然が多い。
 全体的に起伏が激しい土地柄のようでした。トンネルが多い。

 JR横須賀駅につくと、軍艦が並ぶ姿が見えてきました。基地があると知っていても、びっくりします。
 横須賀中央行きのバスを探していたら、観音崎行のバスを発見しました。

 横須賀から、横須賀中央を通過して、商店街を抜けて、庭付の大きな家が並ぶ通りを抜けて、海岸沿いの道に出て、漁船が並ぶ通りを抜けて、観音崎に着きました。
 観音崎には、海岸と灯台と研修用らしい施設がありました。

 バスの待ち時間の間、海岸まで行ってみることにしました。
 海岸には、一クラス分くらいの小学生と大人がいました。何かを拾ったり、楽しそうです。
 5年生の野外合宿なのかもしれません。

 バス乗り場に戻って、浦賀行きのバスに乗りました。
 渡し船に乗るため、新町で降りました。

 観音崎から新町へ行くバスの中で、お年忌らしい家族を見かけました。
 都市部は、人のために考えられたものなので、新幹線から見る景色は似通っています。
 在来線に乗ると、マンション群と郊外住宅という構図がはっきり見えます。
 駅から離れて路線バスに乗ると、全く違う景色が見えます。船の町には船がある。生活風景がありました。
 なんとなく、石川県の能登半島に似た雰囲気がありました。「神奈川県=横浜」というイメージしかなかったので、かなり驚きました。

 渡し船乗り場は、新町のバス停から、住宅街を3分くらい歩いた場所にあります。
 途中、廃墟らしき建物の屋根に、大きなカラスが止まっていました。

 浦賀は、地図で見ると細い隙間にしか見えませんが、人の目から見ると広いです。
 新町側には、小舟が並んでいました。
 紺屋町側には、大きな船が並んでいました。
 たぶん、すごく深いから、陸の近くまで大型船が来られて、しかも小舟をつける岸もある。だから、選ばれたのだと思う。でも、地図で見たら、ペリー関連の公園などがあるらしいから、渡し船のある場所に来たのかまでは自信がありません。

 浦賀から京浜線に乗って、横須賀中央へ移動しました。
 駅前にビルがあって、商店が広がっていました。
 離れた場所にある商店街は、シャッターが閉まったままでした。なんだか閑散としていました。

 ホテルに荷物を預けて、三笠公園に向かいました。
 調べずに行ったら、迷ってしまいました。それでも何とかたどり着けました。公園の入り口横の喫茶店に「海軍カレー」とあったので、この日初めてのご飯を食べました。
 海軍カレーは、ルーに大きめのお肉が入っていて、香辛料が効いていて美味しかったです。

 それから、公園に行って、軍艦に乗りました。
 最初は、灰色一色だったので、「地味な船」と思ってしまいました。
 「横浜でも昔の船は見たし、この地味な船を、500円払って見学するのは嫌だな」とまで思ってしまいした。
 軍艦だから目だたないように一色だと気づいて、乗ることにしました。

 昔の映画を15分くらいにまとめたものを、講堂で上映するのだけど、その後で聞いた職員の方の話が面白かった。

 それからホテルで昼寝して、コンサートのために電車で汐入までいきました。
 大きな建物があって、都会という感じでした。

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 翌日は、チェックアウト時間までホテルで休んで、バスで横須賀中央から横須賀に移動しました。
 横須賀では、電車が遅れていて、なかなかきませんでした。

 鎌倉駅から出ると、小町通りが見えて、とても賑わっていました。
 鶴岡八幡宮でお参りして、帰りに屋台の銀杏を食べました。美味しかったです。

 それから、駅の近くで、しらすとそばを食べて、江ノ電に乗りました。
 江ノ電は、花屋敷のジェットコースターを大きくした感じでした。本当に、家のすぐ横を走ります。電車から、庭に面した部屋の窓際に、子どものおもちゃが並んでいるのが見えました。
 鎌倉駅を出て、住宅街を抜けて、山間を抜けて、海岸沿いを走って、また住宅街になって、ビルが並ぶ藤沢に着きます。

 藤沢で降りて、コインロッカーに荷物を預けて、江ノ島に行きました。
 商店街を抜けて、橋があったので渡ったら、なぜか小田急の駅に着いてしまう。困ってウロウロしていたら、工事のお兄さんがいたので、道を尋ねました。方角が間違っていたことが分かったので、戻りました。
 道路の下をくぐって、海にかかる長い橋を渡って、とうとう江ノ島に着きました。
 エスカーで上まで行って、塔に昇りました。すごく景色がよかったです。でも、風が強かった。
 それから、適当に歩いていたら、裏側の海に出ました。やっぱり海は、色より動きがある方が好き。しばらく座って見ていました。

 階段を下りる時はいいけれど、昇る時は本当に大変。
 「上がりきったところのお店で、近道があるから休憩どうぞ」と言われて、休むことにしました。
 飲み物より、サザエの壺焼きにひかれました。醤油味のお汁のようなもので似てありました。美味しかったです。

 それから、教えてもらった近道を通って、江ノ電に乗って、藤沢から小田原に出て、新幹線に乗って帰りました。
 帰りの江ノ電は、真っ暗で、景色が見えなかった。先に最後まで乗っておいてよかった。
 新幹線も、暗くて外のようすは分かりませんでした。外の景色だと思って見ていたら、反対側の景色が窓に映っていて、何度もびっくりしました。夜の車窓は、いろいろな景色が重なり合っていて、幻想的でした。

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 今回は、「2173年、日本」の舞台を決めるための下調べだったのだけど、交通機関の影響がはっきり見えて面白かったです。移動するとパターンが見えてくる。

 人が移動する電車の周りには都市が、港の周りには工場がある。
 主要交通機関から離れると、マンション群があって、一軒家が並ぶ住宅街があって、自然に密着した家々がある。
 全く違う暮らしがある。

 そんなところが面白かったです。 

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