四谷怪談という神話

 もし、宗教と怪談は愛と死を通じて親戚関係にあるなら、京極夏彦「嗤う伊右衛門」は四谷怪談という神話だと思う。

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 資料探しの一環として、怪談が読みたかった。
 そこで先日、京極夏彦「嗤う伊右衛門」を図書館で借りて読みました。

 各章が、ほぼ同じ分量な上に、シーン毎に段が分かれているから映像を浮かべやすかった。連ドラを見ているような錯覚に陥る。章と章の間の空白を想像しながら、謎を追いながら、最後まで楽しく読めました。

 読み終わって、やっぱり宗教と怪談は親戚関係にあると感じました。
 御釈迦様のように悟りを開かず、女の手をとったら人の世界になるのだと思う。
 伊右衛門は、岩の顔が崩れていても、ドクロになっても、愛し続けるから。

 櫻井敦司の詩の世界のようだった。
 そういえば、櫻井さんのプロフィールに、好きな作家として京極夏彦があったような……確かめたらやっぱりありました。芥川龍之介も好きなんだね。
 わたしは、芥川龍之介の中で、地獄変が一番印象に残っている。でも、詳細を忘れてしまった。だから先日、図書館で借りて読みました。「絵師が娘をとらえた」と誤解して覚えていたことが分かりました。

 わたしが初めておこづかいで買った小説「ひとめあなたに……」(新井素子)は、借りずに買い直すことにしました。

 面白いと思った小説を並べて、改めて眺めてみると、狂気を扱っているところが似ている気がした。
 少年漫画と同じくらい、闇の世界も好きなのかもしれない。自分でも意外だった。

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 宗教側では、遠藤周作「イエスの生涯」を借りて読みました。

 ミルトン「失楽園」の続編「復楽園」では、イエスが悪魔と対決する。
 わたしには、悪魔が、なんで悪なのか分からなかった。

 「イエスの生涯」を読んで、理由が分かりました。
 イエスは、周囲から反ローマのリーダー、民族指導者として財と権力をもたらすことを期待されていた。
 しかし、イエスは人びとの期待を拒んだ。失望は憎しみに代わり、誤解されたまま死んでいった。異端者ではなく、政治犯として処刑された。「あなたの苦しみがわたしには分かる。わたしも苦しんだから」と言えるように、もっとも悲惨な死を選んだ。

 イエスは、社会的に弱い立場にある人びとのそばへ行って、寄り添おうとした。
 しかし、弱者と強者を区別していなかった。だから、追放された悲しみに寄りそうことはしても、追放者を罰しようとしなかった。イエスにとって、追い出した人びとも弱者であり、追い出さなければならない弱さを抱える人びとだった。

 子どものころ、聖書の内容が30分の連続アニメとして放送されていた。十字架を背負って歩く最後の場面で、休息を拒んだ相手に対して、自分を待ち続けるように命じるシーンがあった。アニメではなく、別の本だったかもしれない。よく覚えてない。
 ともかく、その話を聞いて、「右の頬を打たれたら、左の頬…」という主張と違うから、わたしには疑問に思えた。言っていることと、やっていることが違うと感じた。だから、わたしはキリスト教が好きではなかった。
 しかし、「イエスの生涯」を読んで、イエスは相手を呪ったわけではないのかもしれないと思えた。「休ませなかったことを悔やんで、やり直すことを望む」という意味なのかもしれない。しかし、イエスは死んでいる。もうやり直すことはできない。だから、待ち続けることになる。

 その種の誤解は、もっとも身近にいた、イエスの弟子たちにもあった。

 弱いものに味方して、原因を作った強者を憎む気持ちは、理解しやすい。
 しかし、原因を作った強者の悲しみさえ許す心は、理解しづらい。だから、イエスの話は理解しがたい。

 イエスは、命を狙われていた。隠れ続けることもできたのに、わざわざ姿を現し、捕まえられた。
 弟子たちは、捕えられたイエスを犠牲にした。だから、イエスが、神に罰を与えるよう呪いをかけることを恐れた。
 ところが、イエスは、弟子を呪わなかった。十字架の上でも、神の愛を求め続けた。
 そして弟子たちは、加害者もまた弱者であることを体験する。

 象が、地上を這う虫に気付かず、踏むつぶす。「気を抜けば踏みつぶす」と分かれば、象は自分の力を恐れる。
 虫が、同じ力を持つ虫と戦って、共倒れする。「戦いは避けられない」と知れば、虫は自分が生きる意味を疑う。
 小さな虫が、大きな虫に捕まり、食べられる。「気を抜けば食べられる」と思えば、小さな虫は安らぎを得ることができない。
 つまり、悲しみは強弱に関係がない。生き物だから起きる。

 「生き物だから苦しむ」と考えるより、「強ければ違った筈。だから、強くなろう」と考える方が、希望が持てる。
 でも実際は、終わりがこない。

 終わりがこないことは、頂点を極めるか、底辺に落ちればよく分かる。

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 解決しようのない問題の前では、「権力を持ち、不正をただす心」と「愛を持ち、不正を許す心」は対立する。教育によって正しい道にすすめるとか、愛情を注げば心を開いてくれるとか、正直者は報われるとか、期待するような因果関係は起こらない。一方通行。沈黙が続く。

 不正を許せば、暮らしは混乱したままになる。しかし、不正をしなければ生きられないものは行き場を失う。
 不正を攻めれば、秩序ができる。しかし、秩序を守れないものは行き場を失う。
 結局誰かが、行き場を失う。

 その「誰か」を、誰にするのか?
 それを決めるのが政治であり、権力なら、弱者救済は確実に行き詰る。

 宗教と政治が分離していないころは、犠牲者に宗教的な意味を与えることで救済していた。
 たとえば、「盲目の女性が、神の嫁になり、三味線を弾いて家々から食べ物を貰う」などがそう。彼女たちは福をもたらす「めでたい存在」であり、食べ物を寄付する理由が用意されていた。
 暮らしは貧しく、戒律も厳しい。しかし、性の対象にされて、神の嫁という立場を失えば、もっと大きな苦しみにさらされる。その苦しみは、豊かになれば癒されるだろうか。

 昔も、今も、世話する人がいて、自活する必要がなければ、それなりに暮らしていける。
 しかし、「食べるために働く必要がないから、時間に余裕がある」という状況が、何もできない自分を責めることに使われたなら、暮らしは豊かでも生きるのが辛いと思う。
 その辛さは、お金で買える楽しみでは埋まらない。本を読んでも、映画を見ても、他人がしたことで、自分がいてもいなくても関係がない。払うお金があっただけのこと。そしてそのお金は、自分が働いて得たものではない。

 自活できていても、毎日同じことの繰り返しで、嫌になるだろう。しかし、死ぬ気がないなら、「働かなければ、食べられないのだから、仕方がない」と思い直すことができる。働く意味を見つけられる。

 食べるためという理由を奪われて、それでも何かをしようとすれば、変わった人だと言われる。
 消すことのできない怒りや悲しみがあるから、やらずにはいられない。
 現実的な効果の外にある感情に支配されているのだから、確かに変わっているのかもしれない。

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 「復楽園」の悪魔が、悪である理由が分からなかったのは、わたしが悪の側で生きているからなんだと思う。生きるための効果を求めることを肯定している。
 現実的な効用を超えて、人が愛するものを守り続けようとすれば、伊右衛門のような結末しか迎えられないのかもしれない。

 岩は、正しくあろうとし続けた。
 岩の頑なさが周囲の人びとを狂わせていったのなら、神は人を狂わせるものなのだろうか。

 現実的な効果より、自分の気持ちを大切にすれば、死ぬしかなくなる。
 それでも、自分の気持ちを大切にしたいから、日常からはみ出して狂っていく。

 そう考えたら、日本神話はあらすじ程度しか残っていないのに、怪談は形を変えて語り継がれている状況に納得できる。「怪談=受難物語」という関係にあるのだと思う。

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 そんなことを考えていたら、BUCK-TICKのニューシングルのお知らせがあった。しかも、アニメのオープニング。

 原作者の名前に見覚えがあったので、調べてみる。十二国記の作者なんだ。アニメをレンタルして見たから、名前を覚えていたのね。PVは、パソコンの処理速度が遅くて何度も止まるから最後まで見てないけど、面白そうだった。
 7月8日からなんて、もうすぐだね。

 そうえいば、実家のテレビが、LEDに変わった。しかも、ブルーレイとHDレコーダー付き。
 「memento mori」のDVDを見たら、舞台一面赤の場面でも、人物の顔が見える! 背景の波も見える!
 古いテレビは表現できる色が限られていたから、つぶれて「赤い背景に、黒いシルエット」状態になっていた。なんとなく見えるんだけど、顔の半分が黒くなってしまう。それが、はっきり見えるようになった。
 炎も輝いている。青い世界も、クリアに見える。

 でも、DVDだとピクセルの荒さが目立つ。ブルーレイならきれいなのかしら?
 だんだん欲しくなる。「見た目に変化がなくても、一枚でアンコールまで見られるから」とアマゾンで注文する。

 今日、届きました。ブルーレイは、ケースがブルーだった。透明の方が表紙に合っているけど、分かりやすくはある。
 さっそく見てみる。やっぱり、ピクセルの荒さが目立たない。実際に会場で見た印象に近づいた。映像に遠近感があって、水槽の中をのぞいているような感じがする。次からは、ブルーレイ版にしましょう。

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