修業に専念しましょう

 さて、どうしよう。

 書き終わって、いろんなことに迷いだした。
 どこに応募するのかとか、そもそも応募できる内容なのかとか、わたしは何がしたいんだろうとか、いろいろ。

 結論から言えば、応募はしない。
 書くために締め切りが欲しかったから、コンクールの締め切りに合わせようと思った。でも、わたしは締め切り前に書いた。締め切りがなくても、材料がそろえば書けるらしい。
 自主出版の方に応募すると、全員に有料出版の案内が来るらしい。今の収入では、高額出費は難しい。それに、枚数的に本にはならない。短編を数話集めれば可能かもしれない。そういう応募の仕方もできる。
 でも、有料出版に応じるつもりで応募するなら、コンクールに合わせなくてもいいことになる。本としての体裁を考えた場合、短編童話をたくさん書いてからでも遅くない。少なくとも、どれを入れるか選べるくらいは書かないと本にならない。まずはブログで公表するべきだと思う。
 そうすると、「ブログで公表するだけで、応募はしない」という結論が出る。結論は出たけど、悩みは増していく。

 ブログで公表したものは、一般的なコンクールに応募できない。そこが問題。
 趣味で書くなら、ブログに発表して、本にする必要すらない。本心は、それで構わない。でも、そしたら本業をどうするかが問われてくる。
 今の状態では、記念応募にしかならないと分かっていても、応募したくなってくる。本業にするために取り組んでいる気分を味わいたいだけで、応募することに意味はない。その上、応募するならブログでは公表できない。あ~あ、どうしましょう……という具合に迷っていた。

 結局、どうなったのか?
 結果が出ないから、修業が辛くなってくる。でも、たくさん本を読んで、自分の意見をはっきり持つしか、方法はないと思う。だから、ブログで公開する方を選んだ。
 「ブログで公表する→応募しないで修業に専念する」という流れになった。

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 わたしは、何がしたいのか?

 過去から想像した未来を形にしたい。
 それも、不安から想像した不幸な未来ではなく、理想的な未来がいい。

 童話「名前のない子」は、「離れた男女が意識し合う」という部分の習作なんだと思う。
 恋愛メインの未来ではないけど、どうしても切り離せない問題だから、考えておきたい。

 自分のことなら、その時々で対処すればいい。
 でも、起きるかもしれないことを考えて、その時の気持ちを想像するのは、意外と難しい。だから試している。

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 小さいころのわたしは、周囲が何をしているのか分からず、叱られてばかりでした。やりたいことをすると叱られるので、みんなといる時は、隣の子の真似をしていました。そして、一人になると空想の世界で遊ぶ。
 わたしには、周りに合わせるだけの現実の世界と、自分だけの空想の世界があった。

 でももし、わたしだけの空想の世界に、自分以外が登場したら?
 現実の世界で一人でも、わたしは、わたしの世界が守れればよかった。でも、他人なのに、自分のことのように思えたら?
 外と内に分けられないから、どうやって自分の世界を守ればいいのか分からなくなる。

 童話の中で、木の人形は女の子と出会って、みんなのものから、女の子のものに変わった。だから、置き去りにされた後も、女の子との関係の中に生きた。希望も、絶望も、女の子との関係の中にあった。愛憎が混ざり合ったドロドロした感情を持った。女の子の幸せだけを願ったわけではないと思う。殺してでも自分の手元に置いておきたいと思ったのかもしれない。
 それは、置き去りにした女の子も同じだった。忘れることができないから、忘れられることを願った。でも、目の前にいないから余計に繰り返し思い出す。特別になっていく。

 記号としての名前に意味はない。でも、記憶を呼び起こす鍵となった時、名前は意味を持つ。

 所有権があるという意味ではなく、「わたしのもの」と思うことがある。「わたしの友だち、わたしの家族、わたしの人形」など、自分の一部のように感じることがある。
 「自分の一部のように感じる・感じない」は、意識して変えられない。自然に起きる反応。わたしが間違っていたのは、変えられると思っていたこと。
 だから、好きになれなくても、付き合いのある相手を内側に入れようとする。
 反対に、好きでも、関わりが薄ければ外側に追い出そうとする。

 義理があっても、好きになれないこともある。
 まったく無関係なのに、気になることもある。
 でも、それは普通のことだから、努力して変えなくてもいい。義理は、義理として付き合えばいい。関係なくても、好きなら好きなままでいい。
 そう思ったら、バラバラだった現実と空想の世界は一つになりました。

 目に見える物理的な世界(=外の世界)とは別に、わたしの心が作りだす世界(=わたしの世界)がある。
 わたしの世界に、わたし以外が登場している時点で、特別なことなのだと思う。
 それが分かると、「それなら、わたしも誰かの世界に登場するのかしら?」という疑問が湧く。
 そして、わたしの世界にあなたが登場するように、あなたの世界にわたしも登場してほしいと思うようになる。一番恐れていたことを望むようになった。

 そしたらびっくり。
 ドラマの中のラブシーンの意味が分かるようになった。

 今なら、保護区と自由区に別れて暮らす二人の気持ちも想像できそう。
 できるといいなあ。

 まだまだ、調べたり、考えたりすることが多い。特に恋愛は、調べようがない。でも、一番の難題が解決したから、何とかなりそう。

 つたない内容ですが、短いので、よかったら読んでください。
 ブログ「名前のない子」
 http://2173.at.webry.info/201002/article_4.html

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