書かない部分の概要
自由区に出て行く人たちのあらすじ。
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保護区では、最低限の物資しか支給されない。
与えられるもの以上を求めるなら、自給するしかない。
だから、「国土を維持するための林業や農業 + 手仕事」が日常になる。
保護区と自由区は、自由に出入りできない。
保護区で生まれた場合、13~15歳の寮生活で「どちらで暮らすか?」を選ぶことになる。
女性の半分くらいは、保護区に戻る。家族や友だちとのつながりを保ちやすいから。
男性の多くは、自由区に出て行く。成り上がるチャンスがあるから。
保護区から自由区に出ることは、制約がない。
でも、自由区で生きる手段を見つけることは大変だから、大半の人は出ていけない。
自由区から保護区に戻ることは、制約がある。
「事業で失敗したから一時的に保護を受けたい」では、受け入れられない。
国土の保護には、技術と知識が欠かせない。
その上、作業は年単位で進んでいく。
短期の労働者では、国土の維持につながらない。
だから、災害時に一時的なサポートとして入ることはあっても、定住者として迎えられることに制約がある。
受け入れられる条件は、子どもを持った時のみ。「保護区で子育てする」と決めた場合、「子どもが寮に入るまでの12年間は保護区から出ない」を条件に受け入れられる。
子育てのために戻った人の多くは、国土保護ではなく、保護区を維持する仕事につく。中央センターでの管理業務や給食などを引き受ける。
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イメージとしては、自由区に出て大成功した人びとは、自由区で子育てをする。
自由区には、塾もあれば、習い事もある。
過去からの蓄積を受け継いだエリートが生まれる。
暮らしていけるだけの成功を得た人は、今と似たような環境で暮らす。
公共機関で教育を受ける。
自由区では暮らせないけれど、保護区に戻ることも望まなかった場合、子どもだけ保護区に引き取る。
誰が親なのか分からないまま育つことになる。
自由区で成功していても、受験や校則に縛られることを望まなかった親は、保護区を選ぶ。
彼らの多くは、「最初から子どもを持ったら保護区に戻る」と決めて人生設計を立てている。
だから、保護区を維持するための専門知識を持つ人が多い。
自由区に出るのは、自由に研究するため。
家庭を持った後は、研究の成果を実践するために保護区に戻る。
そして、保護区で指導的な立場に立つ。
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保護区で育って、自由区で音楽家になった場合、どのような流れになるのか?
保護区には、本はあるけど、テレビや映画はない。
楽器はあるけど、CDなどはない。
だから、知っている曲を弾くか、自分たちで作るか、することになる。
保護区から出なくても、寮のイベントなどでプロの音楽に触れる機会はある。
そこで覚えた曲を練習して、後輩に伝える。
情報が少ない分、精通に必要な時間が十分取れる。
伝統に縛られず、自分の感覚で生み出すことになる。
「既に誰かがやっている」という意識がないから、面白いかどうかで決まってくる。
面白ければみんなで真似するし、つまらなければやらない。
「他人と違わなければならない」という意識がはたかない。
でも、結果的に他人と違ってくる。その人自身の感覚が現れるから。
対して、自由区で育った子どもは、情報にさらされて生きることになる。
目立たなければ注目してもらえないので、面白いことや意義のあることではなく、突飛なことをする。
「驚かすこと」が主眼になるので、オリジナリティは育ちにくくなる。
それでも、競争に踊らされず、たくさんの良いものから良い部分を吸収できたなら、知らないまま育った人には真似できない洗練されたものを生み出すことができる。
保護区では、情報が制限されているので、自分の感覚を生かす本能的で感覚的なものが生まれやすい。
自由区では、情報が溢れているので、技巧を駆使した洗練されたものが生まれやすい。
しかし、どちらを身につけるとしても、難しいことには変わりない。
分かりやすいいえば、次のような感じ。
保護区からはロックのような荒々しいものが生まれる。制約をはねのけて、自由を得ようとするから。
自由区からはクラシックのような優雅なものが生まれる。競争にさらされているので、保守的になるから。
保護区から自由区に出た子どもは、自分が新しいと思っていたやり方は、すでに誰かがやっていることを知る。
それでも、自分の感覚を信じて、面白いと思うことを続けることが求められる。
誰も真似できなくなるまで続けるためには、同じように面白いと思ってくれる仲間が欠かせないと思う。
「田舎から一緒に出てきて、都会で暮らす」と言い換えることもできるから、分かりやすい感覚だと思う。
ここまでのイメージは、タラフのDVDとBUCK-TICKのインタビューから作ったもの。
子ども時代の話は、今井さんのブログが元になっている。
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保護区では、中央センターから一番遠い場所に、独立したばかりの青年たち(16歳以上)が住んでいる。
青年たちの元に、12歳以下の子どもたちが通って、楽器を習う。
子ども同士でも遊ぶ。
どんなことをするのか、なんとなく想像がつくけれど、心境までは分からない。
わたしは、男の子ではないので。
昔、BUCK-TICKのデビュー前後の話をインタビューで読みました。
いたずらした内容が多かった気がする。特に今井さんは。
読んだわたしの正直な感想は、「男の子って、ロクなことしない」でした。
その「ロクなこと」の内容は、わたしには書けません。
巻き込まれる側から書くことはできても、やる側から書くことはできない。思いつかないから。
男の子というより、今井さんだからするのではないかとも思うのだけど……やられた側の星野さんも抵抗していたから、そうでもないのかしら。
どちらにしても、わたしには書けません。
わざわざ架空の世界の物語として書かなくても、本人のインタビューを読んだらいいのではないかと思う。
もしドラマにするなら、音楽劇にした方が面白いと思う。
櫻井さんを中心にするなら、生き方が違うために、保護区と自由区に分かれてしまう男女の物語として書いたら面白いかもしれない。でも、わたしにとって櫻井さんは、同級生どころか、先輩ですらない。わたしが中学生のころにはすでにデビューしていた。「よく分からないけど、大人になったら分かるんだ」と思っていた。分からないままだったけど。でも、官能的であることと、大人とは別なんだと今は思う。櫻井さんが特別なのだと思う。
いずれにしろ同じ立場で書くのは無理がある。女側のイメージが湧かない。
一応、夏川りみさんを元にして作ろうと準備したのだけど、うまくいかなかった。きかっけは、沖縄に行ったから。
夏川りみさんの母親的な雰囲気は、保護区の雰囲気にあっている。出身の沖縄県も保護区らしい雰囲気がある。
でも、わたし自身は人間関係を大切にする母親的な性格ではないし、辛い恋に耐え忍ぶようなタイプでもない。だから、イメージできなかった。
来ると分かっていれば待つけれど、来るかどうか分からない相手を待つことはしない。
どうするか?
遊びに行きます。
「来ないから嫌い」とはならないから、新しい恋人を探すことはない。でも、じっと待つこともしない。
「したいことが、したい」という性格のわたしに、恋愛メインの話は無理です。
冒険なら心境は分かるけれど、体力的に難しいから、人が気にしないことが気になる。できないことが多いから、具体的なイメージが持てないので書くのは難しい。
たぶん、世界観を作りながら人物像を作るのは無理なので、世界観を作るために「自分ならどうするか?」から書き始めたらいいのだと思う。
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13歳で寮に入り、15歳で寮を出る。
寮を出る時、自由区と保護区を選ばせる。
だから、保護区しか知らない子どものために、自由区がどんなところなのか教える。
遠足のようなものもあるし、音楽会のようなものもある。
制約の多い保護区を捨てて、自由区での成功を求めた少年たちは、青年になり、寮の音楽会に出演する。
そういう設定なら、現実と変わらないので、違和感がない。イメージしやすい。
だから、わたしにとって、彼らをモデルにした人物たちは、自由区の象徴となる。
現実と同じ音楽家という設定にしました。
結論から言えば、わたしは保護区で生きることを選ぶと思う。
でも、いろいろなことを知ろうとすることもやめない。
「自由がほしいなら自由区」という常識に逆らう。
世界にたいするはっきりしたイメージを持った時、真偽を確かめるために、保護区を捨てるのだと思う。
書きながら、「わたしが何を思い、何を選ぶか」に答えを出すことになると思う。
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保護区では、最低限の物資しか支給されない。
与えられるもの以上を求めるなら、自給するしかない。
だから、「国土を維持するための林業や農業 + 手仕事」が日常になる。
保護区と自由区は、自由に出入りできない。
保護区で生まれた場合、13~15歳の寮生活で「どちらで暮らすか?」を選ぶことになる。
女性の半分くらいは、保護区に戻る。家族や友だちとのつながりを保ちやすいから。
男性の多くは、自由区に出て行く。成り上がるチャンスがあるから。
保護区から自由区に出ることは、制約がない。
でも、自由区で生きる手段を見つけることは大変だから、大半の人は出ていけない。
自由区から保護区に戻ることは、制約がある。
「事業で失敗したから一時的に保護を受けたい」では、受け入れられない。
国土の保護には、技術と知識が欠かせない。
その上、作業は年単位で進んでいく。
短期の労働者では、国土の維持につながらない。
だから、災害時に一時的なサポートとして入ることはあっても、定住者として迎えられることに制約がある。
受け入れられる条件は、子どもを持った時のみ。「保護区で子育てする」と決めた場合、「子どもが寮に入るまでの12年間は保護区から出ない」を条件に受け入れられる。
子育てのために戻った人の多くは、国土保護ではなく、保護区を維持する仕事につく。中央センターでの管理業務や給食などを引き受ける。
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イメージとしては、自由区に出て大成功した人びとは、自由区で子育てをする。
自由区には、塾もあれば、習い事もある。
過去からの蓄積を受け継いだエリートが生まれる。
暮らしていけるだけの成功を得た人は、今と似たような環境で暮らす。
公共機関で教育を受ける。
自由区では暮らせないけれど、保護区に戻ることも望まなかった場合、子どもだけ保護区に引き取る。
誰が親なのか分からないまま育つことになる。
自由区で成功していても、受験や校則に縛られることを望まなかった親は、保護区を選ぶ。
彼らの多くは、「最初から子どもを持ったら保護区に戻る」と決めて人生設計を立てている。
だから、保護区を維持するための専門知識を持つ人が多い。
自由区に出るのは、自由に研究するため。
家庭を持った後は、研究の成果を実践するために保護区に戻る。
そして、保護区で指導的な立場に立つ。
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保護区で育って、自由区で音楽家になった場合、どのような流れになるのか?
保護区には、本はあるけど、テレビや映画はない。
楽器はあるけど、CDなどはない。
だから、知っている曲を弾くか、自分たちで作るか、することになる。
保護区から出なくても、寮のイベントなどでプロの音楽に触れる機会はある。
そこで覚えた曲を練習して、後輩に伝える。
情報が少ない分、精通に必要な時間が十分取れる。
伝統に縛られず、自分の感覚で生み出すことになる。
「既に誰かがやっている」という意識がないから、面白いかどうかで決まってくる。
面白ければみんなで真似するし、つまらなければやらない。
「他人と違わなければならない」という意識がはたかない。
でも、結果的に他人と違ってくる。その人自身の感覚が現れるから。
対して、自由区で育った子どもは、情報にさらされて生きることになる。
目立たなければ注目してもらえないので、面白いことや意義のあることではなく、突飛なことをする。
「驚かすこと」が主眼になるので、オリジナリティは育ちにくくなる。
それでも、競争に踊らされず、たくさんの良いものから良い部分を吸収できたなら、知らないまま育った人には真似できない洗練されたものを生み出すことができる。
保護区では、情報が制限されているので、自分の感覚を生かす本能的で感覚的なものが生まれやすい。
自由区では、情報が溢れているので、技巧を駆使した洗練されたものが生まれやすい。
しかし、どちらを身につけるとしても、難しいことには変わりない。
分かりやすいいえば、次のような感じ。
保護区からはロックのような荒々しいものが生まれる。制約をはねのけて、自由を得ようとするから。
自由区からはクラシックのような優雅なものが生まれる。競争にさらされているので、保守的になるから。
保護区から自由区に出た子どもは、自分が新しいと思っていたやり方は、すでに誰かがやっていることを知る。
それでも、自分の感覚を信じて、面白いと思うことを続けることが求められる。
誰も真似できなくなるまで続けるためには、同じように面白いと思ってくれる仲間が欠かせないと思う。
「田舎から一緒に出てきて、都会で暮らす」と言い換えることもできるから、分かりやすい感覚だと思う。
ここまでのイメージは、タラフのDVDとBUCK-TICKのインタビューから作ったもの。
子ども時代の話は、今井さんのブログが元になっている。
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保護区では、中央センターから一番遠い場所に、独立したばかりの青年たち(16歳以上)が住んでいる。
青年たちの元に、12歳以下の子どもたちが通って、楽器を習う。
子ども同士でも遊ぶ。
どんなことをするのか、なんとなく想像がつくけれど、心境までは分からない。
わたしは、男の子ではないので。
昔、BUCK-TICKのデビュー前後の話をインタビューで読みました。
いたずらした内容が多かった気がする。特に今井さんは。
読んだわたしの正直な感想は、「男の子って、ロクなことしない」でした。
その「ロクなこと」の内容は、わたしには書けません。
巻き込まれる側から書くことはできても、やる側から書くことはできない。思いつかないから。
男の子というより、今井さんだからするのではないかとも思うのだけど……やられた側の星野さんも抵抗していたから、そうでもないのかしら。
どちらにしても、わたしには書けません。
わざわざ架空の世界の物語として書かなくても、本人のインタビューを読んだらいいのではないかと思う。
もしドラマにするなら、音楽劇にした方が面白いと思う。
櫻井さんを中心にするなら、生き方が違うために、保護区と自由区に分かれてしまう男女の物語として書いたら面白いかもしれない。でも、わたしにとって櫻井さんは、同級生どころか、先輩ですらない。わたしが中学生のころにはすでにデビューしていた。「よく分からないけど、大人になったら分かるんだ」と思っていた。分からないままだったけど。でも、官能的であることと、大人とは別なんだと今は思う。櫻井さんが特別なのだと思う。
いずれにしろ同じ立場で書くのは無理がある。女側のイメージが湧かない。
一応、夏川りみさんを元にして作ろうと準備したのだけど、うまくいかなかった。きかっけは、沖縄に行ったから。
夏川りみさんの母親的な雰囲気は、保護区の雰囲気にあっている。出身の沖縄県も保護区らしい雰囲気がある。
でも、わたし自身は人間関係を大切にする母親的な性格ではないし、辛い恋に耐え忍ぶようなタイプでもない。だから、イメージできなかった。
来ると分かっていれば待つけれど、来るかどうか分からない相手を待つことはしない。
どうするか?
遊びに行きます。
「来ないから嫌い」とはならないから、新しい恋人を探すことはない。でも、じっと待つこともしない。
「したいことが、したい」という性格のわたしに、恋愛メインの話は無理です。
冒険なら心境は分かるけれど、体力的に難しいから、人が気にしないことが気になる。できないことが多いから、具体的なイメージが持てないので書くのは難しい。
たぶん、世界観を作りながら人物像を作るのは無理なので、世界観を作るために「自分ならどうするか?」から書き始めたらいいのだと思う。
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13歳で寮に入り、15歳で寮を出る。
寮を出る時、自由区と保護区を選ばせる。
だから、保護区しか知らない子どものために、自由区がどんなところなのか教える。
遠足のようなものもあるし、音楽会のようなものもある。
制約の多い保護区を捨てて、自由区での成功を求めた少年たちは、青年になり、寮の音楽会に出演する。
そういう設定なら、現実と変わらないので、違和感がない。イメージしやすい。
だから、わたしにとって、彼らをモデルにした人物たちは、自由区の象徴となる。
現実と同じ音楽家という設定にしました。
結論から言えば、わたしは保護区で生きることを選ぶと思う。
でも、いろいろなことを知ろうとすることもやめない。
「自由がほしいなら自由区」という常識に逆らう。
世界にたいするはっきりしたイメージを持った時、真偽を確かめるために、保護区を捨てるのだと思う。
書きながら、「わたしが何を思い、何を選ぶか」に答えを出すことになると思う。
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